ゴラン高原という地名がしばしば話題になる時があります。
この地名には旧約聖書、戦争、シリア、イスラエルという言葉が常に関わってきます。
ゴラン高原とはどんな場所なのでしょうか。本稿ではゴラン高原の現状と問題点について簡単にまとめています。
ゴラン高原とは
ゴラン高原には次のような特徴があります。
●周囲を見渡せる高原である
ゴラン高原は東西はシリア、イスラエル、南北ではヨルダン、レバノンに接する標高700~800mの高原で、その広さは1200km2あり、札幌市ほどの広さです。隣接する国の様子を高台から見渡せるような場所です。
こうした地勢的な状況からこの高原の要所を要塞化することにより周囲の国々に対しては戦略的に優位に立てます。すなわちこの場所を確保することが軍事的に重要な意味を持つことになります。
●水源地である
ゴラン高原に四季の変化はなく、年間を通して乾季と雨季の2つのシーズンしかありません。
乾季は言わば夏の季節で、40度近く気温が上がる日もありますが、湿度が低く、高原で風通しも良いため日陰では比較的しのぎやすいようです。
雨季は冬に相当し、降雨に恵まれ、時には雪が降るほどに冷え込む時もありますが、これらの雨水や雪解け水は地下水として豊富に貯蔵され、中東の貴重な水源地として知られています。
●肥沃な土地である
ゴラン高原は農耕や果物、ぶどうなどの栽培に適した肥沃な土地で、イスラエルからの入植者によるぶどうの栽培などが行われています。
●大量の原油が発見された
更に最近では大量に原油が埋蔵されていることが分かり、試験的な採掘が進められています。
このような特徴を持つゴラン高原ですが、その現状について次に解説します。
ゴラン高原の現状
現在、ゴラン高原はイスラエルが占領し、実効支配をしている状況です。これは国際法違反として国連を始め世界中からも非難され続けています。
●ゴラン高原の本来の領有権は?
ゴラン高原の本来の領有権はシリアにあります。
シリアが1946年フランスから独立した時にゴラン高原もシリアの領土の一部となっていました。当時は「シリア高原」と呼ばれていました。
●イスラエルの占領
このシリアの領土を1967年のイスラエルとエジプト、シリア、ヨルダンを中心としたアラブ連合軍の間で起こった第3次中東戦争でイスラエルが勝利しゴラン高原を軍事占領しました。
国連安保理はすぐさまイスラエルの撤退を求める決議を採択するなどしましたが、イスラエルは動かず、実効的支配という既成事実を積み重ね、
1981年にはこの地域にイスラエルの法律と行政を適用する法案を可決するなどしてゴラン高原を事実上、併合して今日に至っています。
当然、国連安保理は即刻、このイスラエルによるゴラン高原の併合は、国際法上は無効で法的効力を持たないとの安保理決議第497号を採択しています。
しかし、イスラエルはその後もゴラン高原に居座り続けています。その後のシリアとイスラエル間の和平交渉は現在に至っても成立していません。
●イスラエルは入植地を設置
それどころか、イスラエルはゴラン高原に30ヶ所以上もの入植地を設置しておよそ2万人の入植者がそこで、肥沃な土地を利用してワインの製造などをしています。
※地図上、ゴラン高原の青文字部分がイスラエルの設置した入植地になります。そしてシリアとゴラン高原の間のグレーの部分にはUNDOF ZONEと記載された兵力引き離し地帯が設けられているのが確認できます。
ゴラン高原にはイスラエルからの入植者の他に、シリアの政権に敵対する2万人弱の人達が、イスラエル侵攻時にもゴラン高原を去らずに定住を認められ暮らしています。大部分がイスラム教ドルーズ派のアラブ人と言われています。
●平和維持軍の駐留
その他、ゴラン高原にはイスラエルとシリアの軍事衝突を避けるため兵力引き離し地域が設けられ、ゴラン高原の停戦監視を任務とする国際連合兵力引き離し監視軍 UNDOF (United Nations Disengagement Observer Force)が、国連平和維持活動の一環として駐留しています。
●大量の原油が発見される
ゴラン高原では近年大量の原油層が発見されました。その採掘が試験的なものも含めて現在行われています。
さらに困難な状況が…
これまでのアメリカ政権は国際社会と共にイスラエルのゴラン高原併合を認めていませんでした。前オバマ政権もイスラエルに対しては政治的な思惑よりも国際法を尊重する姿勢で対応しています。
しかしここでとんでもないことが起こりました。
現トランプ政権が2019年3月、イスラエルのゴラン高原に対する主権を全面的に承認したのです。
これによりアメリカは国際的に非難されることになりますが、トランプ政権とはそれほど強力なイスラエル寄りの支持基盤に支えられているということになります。
強い影響力を持つアメリカの正式承認を得たことでイスラエルの一連の国際法違反の行動は正当化される様相を呈してきました。
武力による併合が許されるのならば、真似をする国が出てきてもおかしくありません。ロシアのクリミア半島併合も正当化されてしまいます。
ゴラン高原の問題点
イスラエルが現在行っているゴラン高原の入植地におけるワインの製造や原油の採掘などが自国の利益のために行われるとしたら許される行為ではありません。そもそも占領していること自体が問題です。
土地も資源もすべて本来はシリアに帰属するものです。 武力による他国の資源の略奪になります。「法」も「秩序」も通用しなくなったら世界は危機的状態になってしまうでしょう。
国際法社会は二度の世界大戦を経てグローバルに進化しています。国際法上の実効支配により主権が認められたのは一昔も前の話、その当時の不条理は今でも各国で尾を引いています。
今や違法、不法な実効支配は主権の承認どころか、国際社会のひんしゅくを買うでしょう。何のために国際連合が存在するのか原点に帰って考えなければなりません。
現在の国際連合に致命的に不足するものは安保理決議や国際司法裁判所の判断などの実効性を確実に担保するメカニズムと言えましょう。
おわりに
旧約聖書にはゴランという町の名前が出てきます。その町は主がモーセを通して定めた犯罪者のための「逃れの町」の一つに選ばれていたそうです。
ゴランという町の正確な場所は判明していません。それがゴラン高原のことを指しているのかすらはっきりしていません。
聖書にはイスラエルは一度滅ぼされても再度復興することが預言されていると言われています。現在のイスラエルのことを指しているのでしょうか。
それにしてもゴラン高原を占領するイスラエルという国はこれからどのようになって行くのでしょうか。