何が起こるか予測のつかない米中関係にまた新たな波紋が加わりました。
米上院において13日、超党派議員有志により香港の高度な自治権の検証を国務省に義務付ける法案が提出されました。
当然のごとく中国は怒り狂い、中国駐在の米大使を呼びつけ内政干渉であるとして断固たる抗議をしています。
事の起こりは香港の行政当局が現行の逃亡犯引き渡し条例を改正しようとしたことにあります。この改正案に危機感を抱いた香港の人達はたちまち数十万人に膨れ上がり、大規模デモに発展しました。
この状況に米上院議員有志が、「人権」と「自由」を守ろうとする香港市民をすかさず支持する行動を起こしました。
この波紋が今後の米中関係、さらに香港特別行政区にどのように影響していくのでしょうか。
本稿では事の顛末を簡単にまとめてみました。
事の起こりは
香港における逃亡犯引き渡し条例の改正案の審議が発端となりました。
香港の現行の逃亡犯引き渡し条例を改正して、犯罪者引き渡し協定の締結の有無に拘わらず、要請があれば、容疑者を中国本土当局に引き渡すことができるようにしようとする審議が予定されました。
その趣旨は香港の行政長官によると、中国本土で追及されている犯罪容疑者が香港に逃げ込むことを阻止するために必要な改正であるということでした。
このような行政の動きに危機感を深めた香港市民は数十万人の大規模デモで抗議しましたが、当局は強硬手段に出て市民に多数の負傷者を出しました。
しかし香港市民は怯むことなく、飲食店や雑貨店などの小規模小売業の人達や教育機関、福祉事務所など更に広範な人達がデモに参加し、各種ストライキを実施して抗議活動は100万人に近い規模に膨れ上がりました。
香港市民の危機感
これほどの抗議活動をする香港市民の危機感はどのようなものなのでしょうか。
香港当局は引き渡し対象となる犯罪を重罪のみに限定し、政治犯は除外するなどとしているが、法を拡大解釈したり、巧妙に画策することで引き渡し要件を満たせるように策謀することは容易である。
中国本土にマークされている活動家や中国本土に批判的な人のみならず、香港市民や外国からの一般の旅行者やビジネスマン、特に香港在住の台湾の人までもが対象となり得るとしています。
根底には一党独裁の中国本土に対する不信感と恐怖感が垣間見られます。
香港市民は欧米流の民主主義を謳歌して育っています。1997年の中国返還後も移行期間として50年間はこれまで通りの高度な自治を認められていることを認識しています。
そのためなおさら強い抵抗感があるのかも知れません。
米上院の動き
このような香港の混乱に際して、米議会では有志議員が党派的利害を超えて一致団結し、米上院において、香港の高度な自治権の検証を国務省に義務付ける「香港人権・民主主義法案」を提出しました。
法案の共同提出者の上院議員有志の一人は声明で、
「自由や法の支配を守るために抗議の声を上げる100万人超の香港市民と連帯するため、米国は強力なメッセージを発信しなければならない」と述べたそうです。
この法案は有力な与野党の幹部にも賛同されており、可決されることにより、「人権」と「自由」を守ろうとする香港市民に対する米国の支持を公式に表明することになります。
ではこの法案の根拠とはどのようなものなのでしょうか。
この法案の根拠は?
この法案は「米国-香港政策法」を踏まえて提出されました。
「米国-香港政策法」とは、香港が中国本土に返還されるに先立って、返還後の香港への対応を明文化したアメリカ合衆国の国内法です。
前もって議会は通過しており、1997年7月1日の返還と同時に法的効力が発生しました。
その内容は返還後の香港は特別な区域であることに鑑み、関税面やビザの発給など通行面で優遇措置が定められています。
それらの優遇措置はあくまでも1国2制度で高度な自治権が認められていることが前提となっています。
今回の法案が可決された場合、その意味は香港に高度な自治権があるかどうかを毎年国務省が義務として審査する点にあります。
高度な自治権がないと判断された場合には優遇措置に値しないことになります。
更に特筆すべきは香港において容疑者引き渡しを実行した人について、その人の米国における資産を凍結するなどの制裁措置まで定められている点です。
香港はアメリカを主要貿易国とし、アジアにおける金融と経済の中心的な機能を果たしている巨大都市であり、アメリカの優遇措置が停止された場合、香港特別区はもとより、中国本土は潤沢な経済的基盤を失うことになります。
現在も香港はアメリカの対中国関税制裁の対象外となっています。
おわりに
香港における今回の逃亡犯引き渡し条例の改正案と一連の騒動は世界中の国々からも驚きをもって注目されており、香港の内政は危機に直面しています。
状況を深刻に憂慮したせいか、香港当局は15日に予定されていた改正案の審議を延期することを決めたそうです。
それが延期なのか、改正案の棄却なのかは現時点で判然としていません。
それにしても今回の騒動を通して、「人権」と「自由」ということに、これほど素早く敏感に反応し、且つ徹底的に行動で示した香港市民の意識の高さもさることながら、
いち早く香港市民への支持を表明し、中国本土を牽制すべく行動を起こした米超党派議員諸氏の行動は深い尊敬と称賛に値するものと考えます。
「人権」と「自由」は不可侵であるはず、この法案の議会における可否如何はともかく、洗練された民主主義の先達としての米国議会の面目躍如たるものを感じます。
追)2019年8月15日現在の香港の状況。